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犀ヶ崖古戦場[ 名所・旧跡 ]

静岡県浜松市

大敗の後、崖に布の橋をかけて武田に一矢報いた家康の奇襲の場
1572年12月、徳川家康は、三方原の戦いで武田信玄に大敗し、命からがら居城の浜松城に逃げ帰りました。多くの武将を失い、軍は大きな痛手をこうむり、このとき武田軍の追撃を受ければ、家康はひとたまりもなかったでしょう。
しかし、信玄は追撃を止め、浜松城から西北へ約2キロの地点の犀ケ崖付近に、兵の一部を集めて野営をしました。
家康はなんとか武田軍を追い返そうと一計を案じ、崖に白い布を張り、夜半になると近くの普済寺に火を放って浜松城は炎上したと思わせて、
崖の向こう側の武田軍の背後から夜襲をしかけました。武田軍は狼狽し、布を大きな橋と見間違えて、多くの兵が人馬もろとも谷底に転落しました。
これを聞いた本陣の信玄は、「勝ちても怖き相手」と20歳年下の家康を評したと伝えられています。
一矢を報い、とりあえず討死は免れたた家康ですが、武田軍の強さは圧倒的でした。もし、翌年に信玄が病死しなかったら、歴史は大きく変わっていたでしょう。
また、この後、武田軍に井伊谷城を奪われた直虎の運命も違ったものになっていたはずです。
古戦場付近の現在の地名は "布橋"です。布橋にある宗円堂には、三方原の戦いによる両軍の戦死者が祀られています。『犀ケ崖資料館』にもなっており、合戦に関する資料や、武田軍の戦死者の霊を慰めるために始まった遠州大念仏について紹介されています。

案内情報

  • 名称
    犀ヶ崖古戦場
  • 住所
    静岡県浜松市中区鹿谷町25-10
  • 電話
    053-472-8383[犀ヶ崖資料館]

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